はじめに
「この記事は、大腸がんステージ3bと診断された私の体験談シリーズの第3回です。
第2回(最初の症状〜がんの疑い)はこちら >
同じように不安な気持ちを抱えている方の参考になれば幸いです。
あらすじの追加
- 内視鏡検査でそのまま緊急入院になった経緯
- 医師から告げられた「告知」の瞬間
- 絶望の中で支えになった妻と医師の言葉
検査前の気持ち
大腸がんの疑いを伝えられてから、内視鏡検査までは約3週間(7月27日~8月13日)ありました。
CT・MRIの画像検査の段階で、腫瘍が大きく腸閉塞になりかけていることもあり、
手術が必要になる可能性が高いと説明されていました。
手術の日程もすでに「8月20日入院、8月22日手術」と予定されていました。
その間、気になってしまい、インターネットで大腸がんについて調べる日々が続きました。
自分の症状と照らし合わせるたびに、悪い方に考えてしまい、
「あとどれくらい生きられるのだろう」
そんな答えのないことばかり考えていました。
妻には、冗談っぽくではありますが、
「死ぬかもしれんから今後のこと考えときや」
「毎年行っているキャンプ、来年には俺おらんかもしれんで」
など、今思えば困らせるような発言ばかりしてしまっていました。
本音を言うと、そういうことを言わないと自分の感情を保てなかったんだと思います。
それでも妻は、
「心配せんでも大丈夫や」
と声をかけてくれて、その言葉に何度も救われました。
子どもたちには心配をかけまいと、できるだけ普段通りに接していました。
ただ、「もし残された時間が少なかったら」という思いもあり、
少しでも楽しい思い出を残してあげたいと考えていました。
入院までの間に、
・遊園地(レオマワールド)
・市民プール
・室内遊戯施設
など、できるだけ一緒に楽しく過ごす時間を作ろうと考えていました。
しかし、内視鏡検査のタイミングで腫瘍が大きく、腸が塞がりかけている状態だったため、
絶食が必要となり、そのまま緊急入院となりました。
その影響で、予定していたレオマワールドには一緒に行くことができませんでした。
(私の代わりに義母と妻と子どもたちで行くことになりました)
そのころの私は入院3日目で、手術への不安や家族への申し訳なさ、死への恐怖など、
さまざまな感情が入り混じっていました。
LINEで送られてくる子どもたちの写真を見て、気づけばひとり病室で泣いていました。
予定と実際の違い
予定していた流れ
・7月27日 がんの可能性を告げられる
・8月13日 同意書などの手続き
・8月14日 内視鏡検査
・8月17日 レオマワールド
・8月20日 入院(手術のため)
・8月22日 手術
実際の流れ
・7月27日 がんの可能性を告げられる
・8月14日 内視鏡検査 + そのまま緊急入院(絶食開始)
・8月17日 【中止】家族とレオマワールドに行くはずだった日
・8月22日 手術
レオマワールドに行けず、一人病室で写真を見ながら泣いたあの時間は、今思い出しても胸が締め付けられます。
内視鏡検査当日
検査当日、正直かなり緊張していました。
「ここで大腸がんですと告げられるんだろうな」
そう分かっていたからこそ、逃げたい気持ちもありました。
検査の準備(下剤など)
当初は下剤を使用する予定でしたが、
腸が詰まりかけている状態だったため、下剤による負担を避けるため使用せずに検査を行うことになりました。
検査中の様子
検査自体は想像していたよりもあっという間に終わりました。
その理由は、自分でも分かるほど大きな腫瘍が腸を塞いでおり、
内視鏡カメラが奥まで進めなかったためです。
検査結果と告知
検査が終わったあと、医師から説明を受けました。
その場には、勤務の合間をぬって妻も来てくれており、二人で話を聞くことになりました。
「大腸がんです」と言われた瞬間
医師から、
「大腸がんです」
とはっきり伝えられました。
ある程度覚悟はしていましたが、
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になり、その後の説明はほとんど覚えていません。
また、腸への負担を避けるため、手術日まで絶食が必要と説明され、
そのまま緊急入院となりました。
入院の準備も何もできていない状態でしたが、私はそのまま病室へ移動し、絶食生活が始まりました。
妻は勤務後に入院に必要なものをすべて準備して持ってきてくれました。
入院の手引きを読んだ私よりも内容を把握していて、さらに暇つぶしの道具まで用意してくれていました。
さすが「妻であり看護師」だと感じました。入院の準備だけでなく、私の不安な気持ちを先回りして「暇つぶしの道具」まで用意してくれていた。その手際と優しさに、どれほど救われたか分かりません。
医師の言葉
担当してくれた医師はとても優しく、親身に話をしてくれました。
妻もよく知っている医師だったこともあり、安心感もありました。
その中でも、特に印象に残っている言葉があります。
「転移もしていないし、手術で悪い部分を切って、つらいかもしれないけど、抗がん剤治療もしっかりすれば治るから、一緒に頑張りましょう」
この言葉を聞いて、強い不安の中でも希望を持つことができました。
そのときの気持ち
「がん」と言われた現実に、すぐに気持ちが追いついたわけではありませんでした。
ただ、その言葉を聞いたとき、
絶望だけではなく、希望も感じたのを覚えています。
最初に浮かんだのは家族のこと
頭の中には、すぐに家族のことが浮かびました。
妻のこと、子どもたちのこと。
「これからどうなるんだろう」
「ちゃんと守っていけるのか」
そんな不安が一気に押し寄せてきました。
それでも前を向こうと思えた理由
それでも、医師の言葉や、隣にいてくれた妻の存在に支えられ、
「頑張らないといけない」
そう思えた瞬間でもありました。
まとめ
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
振り返ってみると、最初に症状が出てから診断されるまでの間、
「そのうち治るだろう」「大したことはないだろう」と軽く考えてしまっていた部分がありました。
しかし実際には、大腸がんという診断を受けることになりました。
今回の経験を通して強く感じたのは、
「少しでも違和感があれば、早めに検査を受けることの大切さ」です。
腹痛や血便などの症状は軽く考えてしまいがちですが、
放置せずにしっかり検査を受けることが本当に大切だと思います。
また、私の場合は腫瘍マーカーの数値も高かったため、
健康診断の際にそういった検査も意識して受けておけばよかったと感じています。
診断を受けたときは大きな不安や恐怖がありましたが、
医師の言葉や、支えてくれる家族の存在によって、前を向こうと思うことができました。
もし今、同じような症状や不安を抱えている方がいるなら、
一人で抱え込まず、早めに医療機関を受診してほしいと思います。
この体験が、少しでも誰かの参考になれば幸いです。
次の記事を読む >【体験談④】手術直前の絶食生活。手術当日の流れと家族への想い



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